湯島はじめ
子鹿をひろう
子鹿だと思うこの子を母鹿になるには皮が要る母鹿の
パイナップルの缶を傾けシロップをとっておくときあかるい鼠盗
春の果て 転居は死地に水色のピンをまっすぐ刺してゆくこと
星雲にも守られながらゆけるよう麦わら帽を深くかぶせて
箱庭の区域といえる散歩道 木陰はロールシャッハのように
図書館の隅で幾度も捲られるいちめんに花嵐の頁
詩の中の王はいつでもかわいそう秋のさなかも今際も王で
オルガンは記憶を抱いておけるから低く鳴るほど声に似てくる
ひとりひとつ買うぶどうパン森へという選択肢もあるわたしたちには
くるしさもくすぐったさも乳白でカーテン届くまでの数日
なだらかな背中にふれる 子の息がひき連れてくる昼の港よ
夏のころ惹かれて買った水彩を冬には本当に好きになる
絵画展へ行かない日々は炉のなかの硝子の鳥を見つめるように
髪を解くたったひとりの安息が卑弥呼王にもあっただろうか
かつてわたしに暮らしたけもの彫像になっていまでも翠雨を好む
一日の展翅をしては飾るにはありふれているあざやかな蝶
綿密に切り絵を仕上げるようにして誰もが歩み寄ってゆく死へ
やさしい子やさしいままでと祈るのはやはりただしく温かい泥
いくつもの棺を閉めて昼へ来たいつかわたしのそれはあなたが
もうひとりの自分を視ると死ぬという噂のような雨に目覚めて
ひとりだけ裸の夢にあらわれる誰かには似ている毛皮売り
どの日にも視座を保って誠実でつめたい記者に似た硝子窓
母鹿を纏うわたしが撃たれれば母鹿の死と書かれることも
あの歌の「鈴」はいのちと気づきつつめざめのたびにあなたをひろう
生活に神さまがいたとしてきっと六枚切りのパンに似ている
川を見に行くどうしても行くそれまでにできるすべての小さな授受を
ほそい四肢ふくらすようにつむじから吹き込む冬のしずかな唱歌
歌もそうあらゆることばを注ぎ込んで息尽きるころ石になりたい
雨粒にぬれつつ胸はさみどりの実をいくつでも匿える箱
ことばのない円かな刻を積んだのち行き着く先も水辺と想う